衣2:ニューヨークのイースターパレード
 パレードといえばオーガナイズされた楽隊付の行進という印象があります。しかしイースターパレードは帽子をかぶり盛装した人たちが、ミサの後で、歩行者天国になった5番街、サックスデパートメントストアあたりから、ティファニーまでを楽しみながら人に見せ、人に見られルるのを楽しみながら好きなように歩くだけのパレードです。帽子がファッションから忘れられて以来、イースターパレードは長い間、面白いものではありませんでしたが今年は眼を見張るような素適な人が沢山いました。
 ハップニングは素適なカッコ良い男性が群集の中をS字状に練り歩いていたことでした。昔のサンドイッチマンなのでしょうが、皆ニコニコ見られるのを楽しみながら背中にテレビを背負って新兵器を見せています。とてもユーモラスで現代的、抜群アイデアでした。

 昔から日曜日には1番良い洋服を着て教会に出かける習慣があり、上等の洋服をサンディドレスといい、子供たちも一緒に教会に抱いて連れていく人形までサンディ用に大切にしまわれていたのです。殆どの人がどこかの教会に属し、社会奉仕は教会を通して組織されていました。
 善男女がいなくなったというより,いろいろの人たちが増え教会がナイトクラブになったり、売りに出されていたり、聖職についている人が強姦したり、社会の仕組みも,習慣もおのず変化してきました。
 ワールドトレードセンターのミニチュアをかたちどった帽子、大きなつばの帽子、アンクルサムの帽子、飾りたてたペットなどがゆっくり歩いています。9月11日の悲しみや中近東ばかりでなく、多くの問題を抱えている難しい時代に、生きている喜びを分かち合うかのように、近年になく微笑みを分かち合える楽しいパレードでした。悲劇から平和について発言、行動するポジティブなエネルギーと平和への希望のメッセージを感じとれたパレードでした。

 1965年のイースターは帽子がファッションのトップを飾っていた最後のパレードだったと思います。その後今年までニュースになるほど面白いものではありませんでした。
 1964年ニューヨークにやってきて驚いた事はデパートのひとフロア全部が帽子売り場だったことでした。高級帽子の売り場は3面鏡が並び、映画にでてくるような豪華な雰囲気でした。召使が帽子の箱を抱えて旅行にお共するのがステータスシンボルだった時代です。帽子とパンプス、ハンドバック[ショルダーバッグは後からでたもの]に手袋が出かける時の盛装というより,常識であった時代の最後の年になろうとは誰も想像できませんでした。

 ミニスカートの登場ですべてがオールドファッションになり、60年の終わりから人々は帽子を投げ棄て、すべての価値観が変わり、生活そのものの革命が始まったのです。
 最近になってファッショナブルな30年代の帽子はアンティック屋でもかなりの値段がついています。帽子の木型を作る職人もいなくなりました。古い木型はオブジェとして売られています。
 帽子は少しずつ復活してきましたが、箱に入れ、つぶれる商品はとにかくスペースの高い現在、近代産業からは考えられません。しかしマナーとして被る帽子の時代は終わりましたが、美しいものへの憧れは消える事がないのでしょう。トータルルックスは帽子と靴で仕上るのは男性のファッションでも同じだと3月16日のニューヨークのセント・パとリックスデイのパレードにも思った事でした。

セントパトリックスデイのパレード:ニューヨーク市、5番街
撮影すべて:小林恵

衣1:ニューヨークファッション移り変わり

》世の中を変えたマリー クワント《

 1960年代といえば森英恵のプレタポルテが話題になり、初めて既成品の洋服が買えるようになった時代です。それまで洋服は自分で作るか、注文でそれぞれがドレスメーカーをもっていた時代です。デパートで紹介されるフランスのファッションショーにうっとりとしたり、毎月大枚をはたいて買う外国のファッション雑誌は大事に頭にいれてゆっくりとページをめくり、夢のような美しさにわくわくしていた私の青春時代です。日本で始めて「ハイファッション」(文化出版局)が創刊されたころでした。
 1964年,ニューヨークにきた時は見るものすべてがファッション雑誌をめくるようなおもしろさがありました。午後2時頃から4時くらいまで、一番ファショナブルな人たちが5番街やマジソン街を歩いています。大きなつばの帽子をかぶり、長い手袋をはめた人たち、映画「ティファニーで朝食を」のオードリー ヘップバーンのような人がお店から出てくると、ドキリ!としたものです。
 誰でも外出は殆どがパンプスに帽子,手袋が付き物でした。エレベーターに女性が乗ってくると男性がいっせいに帽子を取ったいた時代です。デパートで一番立派ではなやかなスペースはなんと言っても帽子売り場でした。
高級帽子売り場は3面鏡がズラリと並び、勿論一人ずつ売り子がつきました。
当時ニューヨークに4〜5人の有名な帽子デザイナーがいました。中でも高級デパート、バーグドーフ グッドマンの帽子のデザイナーをしていた美青年のホールストンに帽子を選んで被せてもらうと、しびれてしまうという有閑マダムたちが多かったのです。彼の帽子売上がナンバーワンで、話題になっていたのですから今は夢の昔物語です。帽子はなぜか洋服の3倍の値段でしたから、上等の帽子の箱を抱えもって歩く事はひとつのステータスシンボルでした。
 そのステータスを物語る帽子、おしゃれにとどめをさす帽子、エチケットとしての帽子のすべてが、捨てられる運命になるとは誰が予測できたことでしょうか。
 60年後半,イギリスに登場したマリー クワントのミニスカート,ツイギーの登場は世界を完全に変えてしまったのです。その当時の経験は私のニューヨーク滞在35年以上をとうして最大の変わりようでした。人々は帽子を捨て、パンプスを捨て、手袋を捨て、今までの暮しの習慣をすべて捨ててしまったのです。
 昔に固執するファッションの人はとりもち棒を持って帽子を取って歩きたい、がっちりとしたスーツや長いスカートは鋏を持って切ってあげたいぐらい、周りにそぐわないへんな格好になったのですから流行の魔術は本当に不思議なものです。形が崩れると商品価値がなくなり、箱が必要な帽子はスペースもとり、近代的産業ではなくなり商品群からはずされ葬られてしまったのです。
 ミニスカートの登場と化学繊維の登場は、かつてなかった社会の価値観を根こそぎ覆してしまいました。それは多分女性たちがコルセットをかなぐり棄てた時以上のものでしょう。
 その後ファッションは細くなり,太くなり長くなり,短くなりを繰りかえし、こうでなければならないというラインがなくなりました。生活革命を起こすようなファッションはその後生まれず「何でもあり」で多様になりました。
 アメリカでは7年前から起ったIT革命が今までの会社組織やライフスタイルを変革しています。コンピューターでの個人の能力競争になると楽な格好で能率を上げねばならず、マリークワント以来の生活を更に変えてしまうような《らくらくスタイル,楽しいスタイル》などに変わってきています。しかしその反動が必ず起きますからこれから面白い時代がやってくることでしょう。

コンピュータ会社
ラフなスタイルで働く(撮影:小林恵)

小林恵 ニューヨークジャーナル ライフスタイル クリエイティブ 日米草の根文化協会 読者のご意見箱